川添微(ほのか)のwikiや性格が異端と話題!経歴や夫と子供も調査!

今回は、南米で“エメラルドハンター”の異名を持つ川添微さんを紹介したいと思います。

なぜここで川添微さんを紹介しようと思ったのか。

それはその性格が人生そのものとも言える性格をしていたからなんです。

簡単に言ってしまうと普通じゃないです。

でもその人生はちょっと羨ましくなるような、こういう人生っていいよねって思えるので、最近つまづいるような方はぜひ読んでみてください。

ということでここでは川添微さんのwiki(プロフィール)はもちろんですが、のそ凄い経歴を紹介しながら、気になる性格にも迫ってみようと思います。

最後には結婚した子供も調査してみたいと思います。

Sponsored Links

川添微のwiki(プロフィール)をチェック!

出展:https://goo.gl/k2wCLC

  • 名前:かわぞえ ほのか
  • 生年月日:1971年生まれ
  • 出身:兵庫県で生まれ、香川県沿岸の田舎で育つ。

引用:https://goo.gl/r4GSxE

まぁ川添微さんは芸能人ではないので、そこまで多くの情報がネットにあるわけじゃないので、情報が少ないのが残念です、プロフィールだけ見ると、いたって普通の宝石な好きな行動派女性なんです。

しかし、その経歴からみる性格はかなり異端な性格をしていると言ってもいいでしょう。
まずは経歴から見てみましょう。

川添微の経歴が凄いと話題!

四国の海と山の自然に親しみ、そこに感じる「縁」と裏山で拾った遊んだ石が私の原点。

1991年よりインドネシア・バリ島でオニキス、水晶の加工を学び、オーストラリアでは、オパールの採掘、研磨に携わった。

2年後、エメラルド原石輸入会社に就職し、南米・コロンビアで、採掘や研磨、加工に携わった。

その後ジュエリーデザイナーとして独立するため、宝石学の教育機関GIAニューヨーク校で学び、宝石鑑定士の資格を得て、ニューヨークを拠点に制作を始める。

しかし、私の場合、自然の中にいる時にエネルギーが湧いてくることに気づき、2004年、バリ島のウブド郊外、一面の水田を風が渡り夕日が美しい田園にアトリエを構えて現在に至ってます。

主な個展
  • 2001年:高松・ギャラリーenにて初個展。以後隔年
  • 2003年:大阪・阪急うめだ店美術画廊毎年。
  • 2013年:東京・伊勢丹新宿店アートギャラリー毎年

引用:https://goo.gl/bCYm0F

幼い時から宝石が好きだったんですね〜

しかし、その経歴の裏には「お金」をめぐる思惑が隠されていることを、あなたはまだ知りません。

いろいろ調べていたら、かなり「お金」に関して執着心が凄いことがわかりました。

下記からは川添微さんの驚愕のそして異端とも取れるその性格に迫ってみようと思います。

川添微の性格や生き方がかなり異端と話題!

彼女は宝石に興味を持ったのはずっと後のことなんですが、実は彼女、幼い時から「商売」に関してもかなり興味があったようです。

最初の商売の経験は小学1年生ってマジ?

小学1年生の時に、焼却炉に燃え残った鉛筆の芯をかき集めて売ったところ、それが売れたんです。

何で売れたのかというと、その鉛筆の芯を短くして「コンパスの芯」として売ったんだとか。

これが川添微さんが始めた最初のビジネスでした。

算数の計算が苦手だったそうですが、数字の後ろに「円」を付けただけでスラスラ計算でしたという話もあるんだとか。

本当か嘘かはわかりませんが、「お金」に関してはなかり執着心があったみたいですね。

小学6年生でお弁当1個300円で販売

商売に関しては日に日にエスカレートして言って、小学校6年生の時には遠足のたびに同級生のお弁当を作って言って1個300円で販売していたそうです。

高校生の頃には毎日お弁当を約50個作っていたとか。

高校生といえば朝から晩までずっとお腹が空いてたまらない時期ですよね。

早弁してもまだまだお腹が空く時期にこうやってお弁当が売られていれば誰でも買っちゃいますよね。

まさに商売人です。

さて幼い時から「商売」に興味があったのもかなり変わった性格なのはわかりましたが、他にもいろいろ変わっているところがあるみたいですよ。

学校の制服は1回も来たことがないってマジ?

川添微さんが育ったのは香川県の田舎町。

その田舎町では小学校から制服があったようですが、高校卒業まで1回も来たことがなかったそうです。

何でも着るいがわからなかった体そうで、母親から『もし自分に制服が必要だと思うなら買いなさい』と言ってお金をもらったんですが、結局買わなかったそうです。

じゃぁなぜ制服を着て行かなかったのかというと、そこにも「商売」が絡んでいて、自分で作った洋服を学校へ来て言って、それをみた同級生が可愛いと思ったら注文を取ったそうです。

Sponsored Links

友達のピアスの穴を開けてあげて商売成立

東京へ遊びに言った時に耳に、ピアスの穴を開けたことがあったそうで、その時にも「商売」のスイッチが入り、これを学校の友達に進めたら、売れるのではないかと思って、ちょっと高かったそうですが、その耳にピアスの穴を開ける道具を購入。

地元に帰って、ピアスの穴を開けたい友達を集めたところ、20人くらいが集まったそうです。

将来の夢は馬の獣医になることだった

川添微さんはそうやって普段は商売をして遊んで?いましたが、実は将来の夢は馬の獣医になることだったそうです。

国体の馬術競技では何度も入賞するほどの腕前で、大学も日本獣医畜産大学に入り、獣医になるべく勉強していたそうです。

しかし川添微さんは自分が獣医になるビジョンが全く見えず、そのまま大学中退してしまいます。

大学を辞めた後は海外と日本を往復しながら雑貨や小物の輸入販売で生計を立てていました。

知人に紹介された貿易会社がその後に人生を決めた!

そうした日本と海外をふらふらしながら生計を立てていくことにも、いささか不安を感じていた彼女は知人の紹介でエメラルドを扱う貿易会社に就職します。

彼女の仕事は日本とコロンビアを行き来するエメラルドのバイヤー

仕事は歩合制でいいエメラルドを見つけるにはいい目が必要なことから、彼女はそこから猛勉強。

しかし当時のコロンビアは政治的に治安が悪く、危険と隣り合わせの生活が続いたそうで、それが祟ったのかはわかりませんが、現地で「劇症肝炎」を発症

命に関わる病気でしたが、3ヵ月後に無事に退院することができたそうです。

その後、ニューヨークに渡り、アメリカの宝石教育機関で宝石鑑定士の免許を取得。コロンビアで採掘・買い付けをするようになりました。

現在は個展を開きながら、将来は自分で原石を選び、デザインして彫刻したものを売りたいと勉強中だとか。

川添微の結婚した夫や子供を調査!

現在は夫と娘二人と共にインドネシア・バリ島に在住しアジアを中心に年数回の個展を開催する。
引用:https://goo.gl/YndhQM

夫と2人の子供がいるのはわかりましたが、それ以上の情報は見つからず。

そうそう以前、2015年7月ごろの雑誌「女性自身」で取り上げられていたこともあったうよう

なので、その頃のバックナンバーがあれば読んで見てください。

ご主人のことも書かれているそうですよ。

出展:https://goo.gl/XcdzWP

出展:https://goo.gl/XcdzWP

まとめ

ということで今回は南米で“エメラルドハンター”の異名を持つ川添微さんを紹介しましたが、どうです?なんか元気出てきませんか?

何ていうかそのワイルドな人生に、いろんな人生があっていいんだなと個人的には感じました。
あれをしたらだめ、これをしたらダメといちいち子供のすることにいろいろ言わなかった母親の教育?の影響かもしれませんね。

川添微さんのお母さんはの教育方針は「 彼女の行動が間違っているという明確な理由がない限り、好きなことをやっもいいのではないか」というもの。

しかしそのおかげで学校の先生に呼ばれては先生を説得する日々だったそうです。

川添微さんが大学を辞めたのも『後ろのドアをきちんとしめて、一旦、部屋を真っ暗にしなければ、次の小さな明かりは見えてこない』と言われたからだそうです。

なんか身に沁みる言葉ですね。

性格や生き方が異端だとしても、その人生は光り輝くエメラルドのように純粋でした。

Sponsored Links

★こちらの記事も読まれています★

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。