尾畠春夫wikiやボランティアのきっかけは?妻の行方や息子の仕事が気になる!

山口県で行方不明になった藤本理稀ちゃんを、

捜索開始からたった30分で発見した尾畠春夫さん。

いつの頃からかスーパーボランティア

呼ばれるようになった尾畠さんとはどんな人なのか、

尾畠さんがそこまでボランティアに尽くす理由とは

一体なんなのでしょう。

 

ここではそんな尾畠春夫さんについて、

wikiプロフィールはもちろんですが、

突然いなくなってしまった妻の行方や、

息子さんは何のお仕事をされているのか、

チェックして見たいと思います。

 

それではどうぞ。

Sponsored Links

尾畠春夫wikiプロフィール

出典:週刊現代

  • 名前:尾畠春夫(おばた はるお)
  • 生誕:1939年
  • 出身:大分県
  • 職業:元鮮魚商
  • 趣味:登山

尾畠さんは7人兄弟の4番目。

大分県東半島の貧しい家庭で生まれ、

小さい時に杵築市に引っして育ちました。

出典:情熱大陸

父親の仕事は下駄職人でしたが、

当時は外国からのゴム製品の輸入で、

商いはあまりうまくいっていなかったようです。

 

そんなとき母親が41歳の若さで他界。

尾畠さんはかなりショックを受け、

心にぽっかり穴があき、

尾畠さんの人生に大きく影響したと言います。

出典:情熱大陸

母親が亡くなった後、

尾畠さんは近くの農家に方向に出されましたが、

世の中なるようにしかならない。

やるだけやってやろう

と心に決めて奉公先でも文句の一つも言わず、

何でも言うことを聞いていたんだそうです。

 

奉公に出した父親ことは最初は恨んでいましたが、

奉公先での経験が後の尾畠さんにとって

宝になってると気づき、

いつの間にか感謝の気持ちに変わっていました。

 

中学生になると尾畠さんは姉の紹介で

別府の鮮魚店で働くようになります。

 

ちなみに中学校へは4ヶ月くらいしか

通えなかったんだそうです。

出典:情熱大陸

車で移動すればそこまで遠くはないのですが、

当時の交通状況は悪く、

そして当時子供だった尾畠さんのことを考えると、

遠く、しかもそう簡単に変えることもできない

距離だったと思います。

 

このとき父親からは片道切符代しかもらえず、

このとき尾畠さんは帰ると言う選択肢が

ないことを知ります。

 

この鮮魚店ではいろんなことを学び、

魚のさばき方からコミュニケーションまで、

いろんなことを学びましたが、

給料が安く貯金はゼロ。

 

もともと自分の鮮魚店を開業するのが夢だったため、

思い切って上京して鳶職

土木の仕事をするようになり、

このころの経験がボランティアにも

生かされているんだそうです。

 

そして28歳の時に大分に戻り、

別府市内に鮮魚店「魚春」を開業。

出典:情熱大陸

それと同時期に現在の奥さんと結婚しました。

 

現在は48歳の息子、45歳の娘、

孫5人に恵まれています

 

現在のボランティア活動で必要とされる

強靭な足腰は趣味の登山で培ったものだとか。

 

しかも41歳で始めた登山で、

45歳の時に北アルプス55山を単独縦走を果たし、

それからは地元由布岳登山道の整備などの

ボランティア活動を始め、

65歳の時に本業の鮮魚店を閉店させて、

本格的なボランティア活動を開始しました。

 

ボランティア活動の経歴

  • 2004:新潟県中越地震のボランティアに参加。
  • 2010:由布岳の登山道をボランティアとして整備
  • 2011:東日本大震災のボランティアとして活動
  • 2014:登山道の清掃や案内板の設置
  • 2016:熊本地震のボランティアに参加
  • 2016:大分県佐伯市で行方不明の女児の捜索に参加
  • 2018:西日本豪雨のボランティアに参加
  • 2018:広島県呉市天応地区で3週間活動
  • 2018:山口県周防大島町家房で行方不明の男児を救出
  • 2018:広島県呉市でのボランティア活動に再び参加
  • 2018:大分県日出町功労者表彰を受賞

引用:Wikipedia

尾畠春夫がボランティアを始めた気かっけは?

尾畠さんのがボランティア活動をするに至った

きっかけって何か理由があるんでしょうか。

経歴を見てもとても趣味ではできないことばかり。

昔何かあったのか?

若くして母親を亡くしたのが気かっけなのか?

ボランティアを本格的に始めたのは、

大分県別府市にあった店を閉めた65歳のころ。

学歴も何もない自分がここまでやってこられた。

社会に恩返しがしたい」と思ったから

と全国各地で車中泊しながら、

ボランティア活動を行ってきた。

引用:Wikipedia

大きな理由というわけではありませんが、

社会に恩返しがしたい」なんて

なかなか思っていても行動できませんよね。

本当に頭が下がる思いです。

 

年齢も78歳と若くはないので、

体には十分気をつけて欲しいんですが、

実は尾畠さん昔は浴びるほどお酒を飲んでいたんだとか。

しかもタバコもヘビースモーカだったんです。

でも今はお酒も飲まないし、

タバコもやめたんだとか。

 

お酒はボランティア活動の中、

避難者を見て「酒なんか飲んでる場合じゃない」と

思ってそれからは一滴も飲んでいないようです。

辞めたわけじゃなく、

東北3県の仮設住宅がすべて取り除かれたとき、

解禁するそうです。

 

タバコは高校生になったお孫さんに、

65歳を超えると体力がぐっと落ちると言われ、

それ以来吸っていないそうです。

Sponsored Links

尾畠春夫の妻の行方が気になる

カミさんは、いまは旅に出ている。

一人旅です。

自由にしたい」って。

5年前に出かけて…、

まだ帰ってない。

引用:週刊現代

尾畠さんは今までに度重なるボランティア活動や、

徒歩による日本縦断の旅、

45歳の時に北アルプス55山を単独縦走、

東日本大震災のときは現地に500日滞在、

などなど家を開けることが多かっただけに、

奥さんに出て行かれたのかな?

 

この情報は尾畠さんが名言していないので、

ここまでにしといたほうがいいかもしれませんね。

尾畠春夫の息子は何の仕事をしているの?

息子は公務員で市役所に勤めており、

自分とは真逆の人生を歩んでいる。

引用:週刊現代

息子さんがまだ若い時に、

魚屋を継いだほうがいいかな」と

聞かれたことがあるそうですが、

尾畠さんはこれを完全に拒否

自分の人生は自分で歩むべきと、

怒ったこともあったそうです。

 

でも今では息子さんもそうですが、

娘さんとも頻繁に連絡を取っているんだとか。

尾畠春夫まとめ

ということで今回は、

スーパーボランティアの尾畠春夫さんを

ピックアップして紹介してみました。

テレビで見るボランティア活動は、

本当に頭が下がる思いです。

 

それがどのくらい家族に

理解してもらえているかは分かりませんが、

少なくともお孫さんの理解は得られているかも…

 

ボランティア仲間からは「師匠」とか、

「神」とかいわれているようですね。

 

これからも体には十分気を付けて

頑張ってほしいです。

 

ちなみにボランティア活動の資金源は

年金の5万円程度から捻出しているそうです。

 

尾畠さんを見習わなければいけないところ、

たくさんありますね。

 

ちなみに講演会やCMの出演依頼もあるようですが、

丁重にお断りしているんだとか。

全てはボランティアのためで、

お金も一切もらっていないそうです。

 

最後に唯一の楽しみは、

大分に戻ると必ず自宅らか30分の山間にある

無料の露天風呂に行って、

3時間ほどゆっくりとお友達との

会話を楽しむことなんだそうです。

Sponsored Links
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。